8th「消滅意義 3」。

彼はあたしの驚いた顔を楽しげに笑って見ていた。
「ボクの瞳の色に驚いたかい?──まぁ、そんなことはどうでもいい。そんなことよりボクの近くに来るんだ。」
『どうでもいい』と言われたのでは追及しようもないし、それ以上のことでもないので、言われたとおりに近づいた。
彼の半径1メートルまで近づいたところで足が止まった。
これから消える。この世界から消える。あたしは消える。消滅する──。
──消えて、どうなる?消えた先に何がある?この世界から消え、そのあとは?
消えた先にまた世界があって、また、あたしが興味がない世界だったら?
だったら。
だったら、消える「意味」がない。
「意味」なんてそれこそどうでもいいのかもしれない。
でも。
でも、あたしが消えたいのはこの世界。
この世界から消えるのであるならば、先なんて、意味なんてどうでもいい。
あたしはもう一歩、彼の近くに近寄った。
「あたしを消して。この、つまらない世界から。」
はっきりと、初めて彼に自分の意志を伝えた。
それに対し彼は無言であたしの顔に手を添え、顔を近づける。
銀色の瞳が否応にも大きく見えてしまう。その何もかもを見透かしてしまうような瞳にあたしは視線を逸らしてしまった。
「ボクの瞳を見るんだ。そして、消えることだけを考えればいい。消えることをイメージし、それに身を任せる。簡単だ。キミがずっとやってきたことだ。」
さっきの感覚は間違いないのだろう。きっと、彼はあたしのことは何でも見透かしているのだろう。
それもどうでもいい。これから消える世界のことなんて。
ゆっくりと。でも、はっきりとイメージしていく。何もない、白い物。白い物は色を失っていく。それは空気のように見えなくなっていく。
イメージしていくにつれて、目の焦点が合わなくなってきた。銀色の瞳は見える。見えると言うよりも、あるのが分かるというのが正しいかもしれない。
「そのまま、ゆっくりと目を閉じるんだ。その瞳は開けられることはないだろう。さぁ、ボクの目の前から消えてくれたまえ──。」
目の前にいるはずの彼の言葉は、遠くの方から体の芯に響いていた。
目を閉じると何もなくなる。
足が軽くなった気がする。感覚がない。少し、きもちいい。
イメージは膨らむ。あたしの体が消えるのが感じられる。───いや、感覚がなくなっていくんだ。
足先が。指先が。膝が。肘が。太股が。二の腕が。
消えていく。あたしは。あたしは昂揚している。消えることに。なくなることに。
そう、空気に蝕まれるように。空気のように。消えることはきもちがいい。
鼓動が早くなる。何も考えられなくなってきた。
鼓動の音だけが脳に響く。
今までで一番早い鼓動。
消える欲求。
消える体。
消える心。
消えるあたし。
夢の終わり。
悪夢の終わり。
あたしの終わり。
───さよなら。さようなら。
鼓動だけが、消えなかった───。

        • -

ごめんなさい。ああ、もう、ダメダメです。
何を言っても後悔ばかりなので言うことをやめます。
一つだけ言えるのは、「消える欲求」というのは俺が常に持っているものだ、ということくらいですかね。
「消えたい」。でも「死にたいわけではない」。そんな我が儘な人間です、自分は。
以上。